パン・デ・デューの〈視点〉を探れ!

〈 "対立" から "協力" の 世へ 〉… そんな 想いと 共に 歩む Global Duo の "Piano Forte - Artist" Yuki が 楽器を ペンに 持ち換え 文章での "表現" に 挑んだ〈エッセイ集〉。(★/☆付きカテゴリー項目を開けると目次が登場します。)
観てしまった「ラ・ラ・ランド」
先週、仕事の合間を縫って白昼堂々「1人映画鑑賞」を初体験。



友人に「プラネタリウム出てくるしジャズピアノ出てくるし…あなたを思い出したよ。」と言われ、気になり始まり「どれどれ」と決行。

例に漏れず賛否両論なのは重々承知だが、私には響いた。それも深くトゲが刺さったみたいに。今も微熱が続いてる。同じ「表現者」という立場上、ミアにもセブにも、2人の関係にも、制作者の複数メッセージにも…終始共感できた。

ネット上には、様々な角度から掘り下げられた考察・解釈が溢れてるので、詳細はそちらにお任せする。…が、あまり触れられてない視点から私なりにちょっとだけ…。↓

…確かに「夢・愛・パッション(情熱)」だけで生きていけるほど世の中甘くない…でも、でもでも、濁流に抗い、不器用に折り合いつけながらも、この3つを守ろうとする姿勢こそが「人間らしく生きる」ことでもあるのでは。ブレずにソレを失わない人はある意味「幸せ」と私は思う。誰かに依存したり支配されたり流されるでもなく、自分軸でオリジナル人生の舵を取れて未来を切り開いて行けるから。

ミアとセブは本能的にそのことを知っていて、一緒にいる間はお互いのソレをも尊重&応援し合い、5年後偶然再会の折にはアイコンタクトだけでソレを確かめ合ってた。別の道を歩むことになっていても根底のソレはいつまでも変わらない。今後もどちらかがソレを忘れそうになっても節目節目で片方がどこからともなく姿を現し、遠くから(言葉を交わさずとも)初心を思い起こさせ奮起させるのでは…そう思わせる不思議な絆がこの2人にはある。魂の伴侶のような同志のような、深い部分の「信念」を共有する、2人にしかわからないかけがえのない絆。なにも物理的に結ばれるだけが絆じゃない。誰もが滅多には出会えない、そんな宿命的存在が心の片隅に常にいることだって、考えようによっては幸せとも言える。

確かに、男女のボタンの掛け違いや個人のタイミングのズレからくる表面的な「すれ違い」は、胸が締め付けられるほど口惜しく切なくほろ苦く、一見「いわゆる一般的な(=絵に描いたような一点の曇りもない)Happy Ending」ではないかもだが、そもそも何をもってして Happy とするのか…そう、そんなありきたりの浅い映画ではないのだ。ここまで書いた今だって実は完全なる結論付けなどできないくらい、色んな見方ができ考えさせられ続ける。

また「古き良き過去(旧)を唯々捨て行くのでなく、大切にした上で、未来(新)を築き前進しろ」という今の時代にメスを入れるような(?)メッセージも、私なりに受け取った。複数回観ると、その度に新たな発見があるのかもしれない。
00:36 | ★ 芸術家らしい真面目な話 | comments(0) | trackbacks(0)| - |